気遣いは相対評価でしかない。気遣いを要求する人は図体のでかい子供

2012年11月のこと。
最初に勤めた職場(M社)でリストラがあった。
「来年の予算(科研費)が取れるかどうかわからない。次の職場を探して欲しい」

解雇を告知されて2週間で、次の職場に決まった。
8ヶ月勤めてM社を去った。
もちろん、円満退社です。

解雇されたことは、棚上げを通り越してなくなりました。
むしろ、「切ってくれてありがとう。あなたのおかげで札幌に戻れました」とすら思う。

でも、親との衝突の度に言われたことがある(このことは和解済み)。
「あんたは女の子にしては気遣いができない。だから最初にリストラの声がかかったんだ」
「仕事のとろい子は気遣いができる子だったんだろう。あんたが気が利かないから切られた」

別にいいけど。
上司が、「女は仕事をこなすより、気遣いや気配りが大事だ」と言って解雇したのなら、上司はその程度だったと言うこと。

2011年11月に、内定取り消しした山形大学医学部遺伝子実験施設の奴と同じ。
そこも内定取り消されてよかった。
山形大学医学部も、棚上げを通り越してなくなりました。

と言うか、気遣いや気配りという定性的なもので評価するのはどうなんだろう。
もういい加減、「女性は気遣い、気配り、笑顔」も評価対象とするの、やめましょうや。

男性は実績や仕事のスキルで判断するでしょ。
なぜ女性だけ気遣い、気配り、笑顔まで評価されなあかんのや。

仕事のスキルや実績ならわかる。
「○のスキルがある人を残したかった」「△の実績がある人が必要だった」とかね。
こればかりは業務内容と社員のスキルのマッチングなので。

でも、「女の子なのに気遣いが出来ない人はちょっと・・・」なんて言って女性を切り捨てるなら、あんたは甘ったれだ。
他人はあなたに気遣うために生きているのではない。

そういうあなたは、他人に気遣っているのですか?
個人の見解だけど、他人に気遣いを要求する人ほど、他人に気遣いが出来ていない。

2013年以降は、「気が利かない」「気遣いがなっとらん」と言われても、気にしなくなりました。
というか、てめえに気遣いなんてしねえよ!
気が利かなければ自分で自分の気を利かせろ。
気遣いがなっとらんというなら、てめえがてめえに気遣え。

他人に求めるな!
他人はあんたに気を利かせたり、気遣うために生きているのではない。
甘ったれが!

「気遣いが出来ない」「気が利かない」と言われた人へ。
気にすることないです。
相手が思い通りにならなくて癇癪を起こしたのと同じ。
そんな奴にこそ気遣わなくていい。
サンドバッグにしちゃいましょう。イメージの中で。

気遣いなんて相対評価でしかありません。
気遣いというありもしないものを望むなら、具体的な要望を伝えましょう。
それがお互い快適に過ごすコツです。

気遣いを要求する人には気遣いたくない道景写真家
夏澄

ツイッター