寄り添うのは余力の範囲ですべき

「寄り添う」
この言葉を軽々しく発していませんか?

この言葉を発していい人と悪い人がいます。
発して良い人は、自分のことを棚上げできるほどに余裕がある人。

他人を支えるのは、余力の範囲で行う。
ここまでなら大丈夫、ここまでならリソース(時間と体力)を割けるという限度を必ず把握して。

そして、相手にもそれを提示する。
「ここまではサポートします。
これ以上はサポートできません。自分の足で立ってください」と。

これをきっちりできる人は、軽々しく、「寄り添う」とは言わない。
まず自分が癒されている。
まず自分。

逆に、軽々しく「寄り添う」をいう人は、簡単に裏切る。

なぜか。
自分のことを棚上げできていないから。
自分のキャパ以上のことをして、支えきれず、共倒れになる。

かく言う私は、この言葉に何度も傷ついた。
今は、「寄り添う」と言われても、受け流すようにしている。
期待していない。

寄り添うといった人は、遅かれ早かれ匙を投げる。
「これだけ気遣っているのに応えてくれない」

あなたの寄り添うって、そんな程度だったのね。
期待したわたしがバカでした。
どうぞ去ってください。
良い反応をしてくれる人のもとに行ってくださいな。
そして、軽々しく、寄り添うなんて言わないで。

寄り添うってね、ただ隣にいることじゃないんだ。
相手の言葉を聞くこと。
相手を否定しないこと。
相手を安心させること。

それもできないのなら、軽々しく、寄り添うって言ったらダメ。
「いい反応してくれない」だの「話聞くばかりで疲れた」だの言ったらダメだって。

それなら、あなたが寄り添える範囲を提示する。
それも無理なら、「他の人を頼ってください」と突き放して。
共倒れになる前に。
そして、今後一切、相手に寄り添うとほざかないで。

どうしても人の力になりたいのなら、まず自分が癒される。
順序を逆にすると、相手もあなたも傷つきます。

人に寄り添うのは余力の範囲と決めている道景写真家
夏澄

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