人のレベルを評価するとき、あなたのレベルも評価されている

このような記事を読んだ。
「あの人のレベル」と人を評する人のレベル

人の能力に対して、評価を下される場面が多々ある。
語学、スポーツ、仕事の能力など、時と場合で様々な要素を評価される。

しかし、あなたが指導者や人事でもない限り、人に対してレベルを測るのはやめるべき。
能力はもちろん、人間性など数値化出来ないものも。

なぜか。
単なるマウンティングだから。
相手をマウンティングしたつもりが、あなたに特大ブーメランが戻ってくるから。
場合によっては、再起不能レベルのブーメラン。

相手の能力について。
例えば、語学。

「あの人の英語のレベルって中学生以下」と評価したとする。

ほぉ。
あなたは英語が堪能なのですか?
TOEICも毎回満点取れるのですか?
駅で外国人に英語で話しかけられても、余裕で対応できるのですか?
英語圏で生活できるくらい、流暢にお話しできるのですか?

あの人の英語の学習歴は、あなたより短いのかもしれないよ。
あなたの学習歴は10年でも、あの人の学習歴は3週間なのかもしれない。

今はあなたの方が上でも、ある日、あの人の英語のレベルがあなたを超えることだってある。

相手の人間性について。
「あの人、気遣いができないよね」と評価したとする。

おいおい。
人に気遣いできないと評価している時点で、あんたが気遣い出来てへんやん。

自分は気遣いが出来るのかな?
本当に気遣いが出来る人は、自分で「気遣いが出来る」なんて言わないよ。
本当に気遣いが出来る人と、自称気遣いが出来る人は、天と地との差がある。
ジンギスカンとジンギスカンキャラメルくらい違うからね。

「自分の方が気遣い出来る」とマウンティングしたつもりだろうけど、特大ブーメラン。
あなたの評価が下がります。

それも、0未満の、マイナスの数値に。
そうなると、挽回は絶望的。

仕事や試験、学校や部活などで、能力を判断されざるを得ない場面はある。
それは誰にも避けられない。
だが、それ以外の場面で、人のレベルを評する愚行はやめるべき。
人のレベルを評価する時、あなたのレベルも評価されているのだから。

ツイッター