「わかり合いたかった」じゃねえよ!わかり合いたいなら相手が求めているときに間に合わせろ

「もっとわかり合いたかった」
この言葉が吐くほど嫌いだ。

何がもっとわかり合いたかっただ。
ふざけんな。

分かり合いたかったら、なぜその時相手の話を聞いてあげなかった?
要望に応えてあげなかった?

その時話を聞かなかったくせに。
その時無視したくせに。
今更虫が良すぎる。

人はわかりあえない。
相手の好きなもの、嫌いなもの、出身地、職業を知ることはできても、100%わかり合うことはできない。

一緒にいる時間が長ければ、相手の物の見方、考え方を知ることは出来る。
それが出来ないバカもいるけど。
でも、相手の全てを知ったところで、完全にわかり合うことは出来ない。

どうしてもわかり合いたいのなら、相手が何に怒りを感じるか、何を悲しむか、何を喜ぶかを知れ。

それと、相手の背景。
相手が置かれている立場や環境が、相手の言動を作り出している場合もある。
相手の言動全てを許容する必要はないが、憎いのが相手そのものなのか、相手の言動なのかは見極めろ。

それらを知った上で、自分のできる範囲で、相手の要望に応えるなりすれば良い。
もし、要望に応えられないなら、応えられない旨を伝えれば良い。

それらをしても、どうしてもわかり合えないなら、諦めるしかない。
諦めることに罪悪感を感じなくていい。
あなたは相手をわかろうとしたのだから。

しかし、相手を知ろうとせずに「わかり合いたかった」とほざくのは、あんたの怠慢だ。
本当にわかり合いたかったら、まずは相手の言葉に耳を傾けろ。

わかり合う気がないならこの言葉は言わない道景写真家
夏澄

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