震災は見世物ではない。震災特集は被災しなかった人たちの自己満足でしかない。

今年の3/11で、東日本大震災から6年が経つ。
テレビでも新聞でも震災の特集が組まれている。

毎年思うことがある。
震災特集を組んで勝手に盛り上がってるのは、被災しなかった人たちだけじゃないか?
被災した人はそっとしておいてほしいのではないか。

津波の映像や壊滅した街を映し出し、悲しみを誘う音楽を流し、コメンテーターが俯き加減に話す。
そんなものを誰が見たいの?
自己満足ってだけだろ。
一番見たくないのは被災した人たちだ。
そっとしておけはいいのに。

阪神大震災も中越地震も、毎年地震が発生した日に、地元民が灯篭を作ったりしているのは映される。
だが、悲しみを誘う音楽や演出というものはなかった。

そして、毎年うんざりするのが、「絆」アピール。
あのさ、絆の語源わかってんの?
もともとは「手綱」という意味だよ。
「思いやり」という意味は一つもない。
むしろ、「呪縛」という意味が正しい。

だが現実はどうだ。
県外に避難した人がいじめに遭っている。
横浜に避難した小学生が「賠償金をよこせ」と恐喝されていた。
横浜市教育委員会もいじめとは認定しないだの、「自主的にやっていると思ってた」だの。

何が絆だよ。
バカかお前は。
「命の尊さ」だの「絆」だのきれいごとをほざく連中が、避難者を苦しめている。
人の皮を被った鬼畜、いや、薄汚い泥人形だ。

生徒一人救えない無能が「絆」「思いやりの心」とか教えてんのかと思うと、虫酸が走る。
人の皮を被った泥人形よ、土に還れ。

このような事例は横浜に限らず発生している。

3/11はお祭りじゃないよってこと。
毎年震災特集組んで「被災地に寄り添ってます」アピールしても、単なる自己満足。
被災地に寄り添うというなら、震災で得た教訓を活かすことだ。
それは決して「絆」アピールすることではない。これだけは確かだ。

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