エンターテインメントは芸能事務所の私利私欲のためにあるのではない

2011年に放送された「プロフェッショナル 仕事の流儀」のSMAPの回を見た。

放送当時は気づかなかったのだが、一つ気づいたことがある。

北京コンサートでの温家宝国家主席との会見のシーン。
会見の場に、解散の元凶の副社長とその娘(以降、羊親娘)もいた。

彼女らはどのような気持ちであの場にいたのだろう。
「ビジネスチャンス」と思って喜んでいたのか。
「悔しい」と思っていたのか。
「いつか自分がマネジメントしたアーティストも、世界の大舞台で活躍させる」と闘志を燃やしていたのか。

無理無理無理無理。絶対無理。
彼女らがプロデュースしたタレントが、SMAPと同等、もしくはそれ以上のことをなし得るとはとても思えない。

成長が止まっているから。
羊親娘も、彼女らがマネジメントしているタレントも。

SMAPが唯一無二の存在なれたのは、成長してきたからだ。冒険してきたからだ。
いわゆる「キラキラ系アイドル」ではなく、アーティストとして幅広い曲を歌ってきた。
「クールでかっこいい王子様」だけを売りにするのではなく、影のある人物、コミカルな人物など、多彩な役を演じてきた。
もちろん、コントなど、これまでアイドルがやらなかったことにも挑戦してきた。

ミュージックビデオすらも映画のクォリティにしてしまう。
コンサートにはオープンカーでステージに上がる。
ダンサーも事務所の研修生ではなく、プロのダンサーとともにステージに立つ。

事務所の方針とは異なることをやり、トップを走り続けてきたSMAPが、羊親娘は気に食わなかったんだろう。
でもね、変化に対応しない生き物は死ぬよ。

SMAPがトップでいられたのは、進化し続けてきたから。
「変わりながら変わらずいられる」の通り、時代時代に合った表現をしてきた。

私利私慾しか持たない羊親娘では、どのタレントをマネジメントしてもSMAPの劣化版にしかならない。
いや、劣化版未満だ。
マネジメントしているタレントにSMAPのマネしかさせられないから。
しかもクォリティ低いし。
歌もダンスも演技も。
トークもグダグダでつまらない。
みんな同じ顔に見えるから、一人一人の区別がつかない。

タレントの犠牲の上に成り立つエンターテイメントはいらない

昨年の会見で、ジャニーズ事務所にとってタレントは奴隷であることが明るみに出た。
気に入らない人は潰す、排除する。
実力がない人を事務所の力で無理やり売り出す。

事務所の権力を誇示するためのテレビ局との癒着。
事務所同士の派閥争い。
狭い世界で縄張り争いすることがエンターテイメントか?
芸能事務所経営者の一声で、タレントもテレビ局も意のままにできる。
事務所の力で、一人のタレント生命止めるなんて、たやすいことなのか。
人の皮を被った鬼畜だ。

芸能事務所経営者ってそんなに偉いんですかね?
マスコミが触れないようにしないといけないんですかね?

エンターテイメントとは、人を楽しませるもの、楽しむためのもの。
だが、日本の場合、エンターテイメントの裏側では事務所とタレントのドロドロした抗争が繰り広げられている。
タレントの発言にも、テレビ番組も報道規制がかけられる。
本来、真実を伝えるためにある番組でも、核心には触れずに議論。
タレントの犠牲の上に成り立つエンターテイメントなんか、見たくもない。
人々が見たいのは血みどろの争いではなく、楽しさや面白さだ。

腐った社風や体質を変えない限り、日本の芸能界は衰退する。

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