「○育」ということばは子どもを支配する言葉だ

何でもかんでも教育しようと思う風潮にイライラする。
食育だの、雪育だの、なぜそんなに子どもを支配しようとするネーミングをつけるのか。
しつけようとするから、子どもは逃げていく。

食育基本法が成立して、今年で10年になる。
10年前に作られた言葉かと思えば、1896年(明治29年)に作られた言葉だ。

食育の定義を調べてみた。
内閣府HP 共生社会政策のページより引用:http://www8.cao.go.jp/syokuiku/

生きる上での基本であって、知育・徳育・体育の基礎となるものであり、様々な経験を通じて「食」に関する知識と「食」を選択する力を習得し、健全な食生活を実践することができる人間を育てることです。

<1>「食」を大切にする心の欠如
<2>栄養バランスの偏った食事や不規則な食事の増加
<3>肥満や生活習慣病(がん、糖尿病など)の増加
<4>過度の痩身志向
<5>「食」の安全上の問題の発生
<6>「食」の海外への依存
<7>伝統ある食文化の喪失

様々な経験を通じて「食」に関する知識を習得とあるが、一体どんな経験だ?
課外活動をしなくても、日常生活の中で自然に覚えたぞ。
今は、酪農家や漁師に語ってもらわないと、大人が教えられないのだろうか?

他には、雪育という言葉もある。今年の2月に聞いた。
わたしが生まれ育った北海道は、有数の豪雪地帯だ。
雪がたくさんあるのに、教育に生かされないから、「雪育」という言葉をつくり、子どもたちに教えているという。

わざわざ教えなくても、興味を持てば自分から学ぶし、覚えていく。
大事なのは、「○育」という造語を乱発するよりも、子どもに興味を持たせる環境をつくることだろう。
興味は命令されて持つものではない。

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